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「死ぬ気になれば何でもできるのに」

ここ最近は、記事の文字数を
長くても1500文字以内にしようと気をつけていたんですが、

 

久々に本文だけで
3000文字近くなってしまいました。

しかも、定期的に書く、
「稼ぐの”か”の字も出てこない」系のメルマガ。汗

 

さらに内容も暗い感じになると思うので、
そういうのがお嫌いな方は、
すみませんが今日のところはそっ閉じでお願いします。

(まあ、
この入りで何書くかバレそうですけど)

 

 

ふぅ〜〜〜。

 

ここ3日くらい、落ち込んでます。

原因は、ご多分に漏れずこの事件です。

 

三浦春馬さんの作品はいくつも観てます。
素晴らしい俳優さんでした。

本当に、惜しいし悔しいです。

 

 

そして、

憶測だけであれこれと
記事を量産するニュースサイトとか、

 

そもそも彼に対してネット書き込みで
好き放題誹謗中傷してたクソらにも腹が立ちますし、

(決定打だったかどうかは分からないけど
彼の精神を弱らせる一要素であったことは
おそらく間違いないでしょう。)

 

もっと言えば、事務所の
マネージメント環境などどうだったの?
ちゃんと寄り添ってあげられてたの?とも思う。

 

 

それから・・・、

 

「彼の死を惜しむ声」の中にも、
個人的に引っかかるものがいくつかあります。

(三浦さんのファンの方だったり、
彼が亡くなられたことに大変心を痛めている。
そういう方「ではない」、

無関心他人事なのが丸わかりな人が
”単なる標語”として口にする場合に限ります。)

 

 

個人的に引っかかる
「彼の死を惜しむ声」の中でも代表的なもの。

 

「死ぬ気になれば何でもできるのに」
「生きていればいいこともあるのに」
「生きたくても生きられない人もいるのに」

この3つです。

 

今回は残念な
「結果」が出てしまった後だけど、

これ、今まさに生きながら、
苦しんでいる人を前にしても同じように言うのかなー。。

 

 

なんだろう、、

 

こういう意見って、
めちゃくちゃ上から目線じゃないですか?

「偉そう」とかって意味じゃなくて、
そもそも同じ地平を共有する意思を感じられない。

 

あれですよ。

ボクシングとか客席から観てると、

試合をしている選手に対して
「いやここは動こうぜ!」
「なんだよ!今のカウンター入れれたじゃん!」
とか思うことあるじゃないですか。

 

あれって、リングより上の位置にある
見通しのいい客席にいるからこそ思えることで、

客席からと全く同じ目線で、
リング内の自分を俯瞰で
過不足なく見ることは難しい。

 

そういう意味での「上から目線」です。

 

 

・死ぬ気になれば何でもできる
・生きていればいいことがある
・生きたくても生きられない人もいるのに

 

そうでしょう。
ええ、そうでしょう。正論じゃないの?

僕だって毎日、
そんなふうに思って生きています。

 

 

でもさ。

そんなことわざわざ言われなきゃ
その人は分からないとでも思ってるの?
って話です。

舐めんなよ、と。

 

何ができるようになったって、
どんなにいいことがあったって、
健やかに毎日を過ごすことができたって、

幸せを感じられる気がしないからこそ、
絶望するんじゃないのか?

 

 

・・・、

 

少し話が変わっちゃうんだけど、

以前、
不登校の子供を持つお母さんから

「その子を学校に行かせるにはどうすればいいのか?」
と、相談されたことがあります。

 

違うでしょ。
いや、違くないかもだけど、順番が違う。

最終的な目標の
「子供に学校に行ってもらうこと」を、
一旦保留にした方が良さそうなケースだったのに

 

そのお母さんは、

・学校へ行くこと→良いこと
・学校へ行かないこと→良くないこと

を前提として物事を考えてました。

はじめから、我が子の意思や考えを
全否定するところからのスタートです。

 

 

正しいことを主張すれば、
間違ってる相手は分かってくれるし
自分の思い通りに動くだろうって?

傲慢にもほどがあるわ。

 

しかもこれはお母さんにとっては
あくまで「善意」なんだからタチが悪い。

 

 

・「この子はなぜ学校へ行きたくなくなってるのか?」
を分かってあげようとする。

・「学校へ行きたくない」と思っていること含めて、
その子を認めてあげる。

まず優先すべきなのは、
そっちなんじゃないのかな?

 

「間違ったあなたに正しい私が
正しい方法を教えてあげます。
もう一度言います。あなた間違ってますよ」

そう言われて動きたくなりますか?
「この人は味方になってくれてる」と思いますか?

そんなの相手を追い詰めるだけです。

 

 

・・・僕自身も数年前まで、
地平の共有が全くできない人間でした。

大上段から偉そうに正論(らしいもの)を
分かってる風に振りかざすクソ野郎でした。

それで相手の役に立ったつもりになって
勝手に気持ちよくなって脳内麻薬にラリってました。

 

マジでクソ野郎。苦笑

 

だからなおさら
頭にくるんだろうなー。。
同族嫌悪ってやつです。

 

 

「自殺することはよくない」
「生きることは素晴らしい」

これを前提にして、
対象者が「死なないように」するにはどうすればいいのか?

を保留しなきゃいけない局面って
たしかにあるんです。

 

「自殺は悪いこと」
「自殺をすることは間違ってる」

という大義を強引に掲げたって、
相手は追い詰められますよ。

 

どんなに正論だって、
それを一旦脇に置かなきゃってこと、
たしかにあるんです。

だって正論だもの。
反論の余地すら与えてもらえないんでしょ?

そりゃあキツイって・・・。

 

 

僕自身、自殺という行動は
「間違っている」と思います。

この世に生を受けたからには、
最後まで生きる「べき」だと思います。

 

「あなたが無駄に過ごした今日は、
昨日死んだ誰かが死ぬほど生きたかった明日なんだ」

ハッとさせられる素晴らしい言葉です。

 

 

だけど、、

時と場合によっちゃ、

 

「最終的には」自殺志願者の人が
「死なないようにする」ゴールを一旦保留して、

 

・まずは相手と同じ地平を共有してあげようとする

・「死にたい」と思ってることまで、相手を丸ごと認めて包んであげる

まずはそこから始めなきゃさ。

 

 

そんなことを、
ヤフコメやらTwitterやら眺めながら
気がついたら脱線しながら、思ったのでした。

(本当、後半は
思うところがありすぎて脱線しまくったなー、、汗)

 

 

さて。

 

今日は「あぐり」を観ることにします。

三浦春馬さん、お疲れ様でした。
素敵な、素晴らしい、演技と作品を、
ありがとうございました。

 

R.I.P.

 

 

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